やっと登場できました。
お久しぶりです。
元気です、生きています。
あの恐ろしい地震から1週間が経とうとしています。
地震直後から停電になってしまい、テレビも見れずラジオも聴けず(←ラジオは準備しておくべきだったと痛感!)、
携帯はまったく通じず・・・あちこち通話を試みるが、どんどん充電が減るだけでした。
2~3時間後には電気も復旧するだろうと軽く考えていたのですが、まったく復旧する気配もなく
何も被害の状況を把握できないまま夜を迎えてしまいました。
ロウソクをつけて、シーンとした闇の中でじっと寒さに耐えていました。
3月だというのに、とにかく寒くて雪が降っていました。
暖房機器は全て電気で動いていたので、まったく暖をとる手立てがなく、ただ震えていました。
地震は大きかったのですが、家は大丈夫だったので厚着をして部屋にいました。
暗闇の中でトイレに行くのも手探りでした。
明かりが無いって本当に大変なことなんですね。
テレビも見れないし、本も読めないし、何も出来ないし寒いし、とにかく布団に入って寒さをしのごうとするが
何度となくおこる余震に何度も布団から飛び起きて玄関へ・・・。
次の日の朝、しばらく電気はダメらしいという情報が入りました。
いったい何が起こっているんだろう。。
水道は出ているが、飲むことは出来ないらしい・・・白く濁っていました。
給水車に長蛇の列が出来ていました。
寒くて手と足が冷たく、ホッカイロを買いに行くがスーパーやドラックストアは停電のため閉まっていました。
唯一、開いていたスーパーには長蛇の列が。。
中が停電のため暗いしレジが使えないため、3人ずつ店員と入り3品だけ商品を買うことが出来るようにしているそうだ。
寒い中、ものすごく長い列で待つ。
やっと中に入れてもらったが、ホッカイロはすでに売り切れ。電池も売り切れ。
しょうがないので、今後の長期戦にむけて食料を(キャベツ、ジャガイモ、たまねぎ)
とにかく温かい食べ物が欲しくて、何日分か食いつなげるだろうと買いました。
何を買うにも長蛇の列に並ばなければならなくて、ますます寒さに震える。。
コンビニも恐ろしいくらい人が並んでいる。すでに棚には何もない常態でした。
夜になると暗くて何も見えなくなるので早めに夕飯の支度をして、早めに食べることに。
最初の夜はすっかり暗くなってから夕食を作ったので、まったく作業がはかどらず
何をするにも「メガネメガネ・・・」の状態でいちいちロウソクで食材を探して確認しなければならなくて能率悪くて大変でした。
しかも食べる時も暗くて何を食べているのか分からず(?)闇鍋を食べているようでした。
ロウソクの本数を増やすと余震が起った時に消すのに時間がかかるので最小限の本数で闇鍋をたべる私達。
前の日の失敗を繰り返さないようにと、2日目は夕方5時には夕食を食べ終わりました。
その後、暗闇の中で何もすることが出来ないし寒いので寝ようとするが、普段、仕事が夜型なので寝る時間が朝の5時頃だったりする私達は、夕方の5時に寝れるはずもなく
シーンと静まりかえった外の景色を見る。
恐ろしく真っ暗な街とは反対にキラキラ光る星。
「星ってこんなに光ってたっけ?」って驚いてるダンナ。
「夜ってこんなに真っ暗だった?」とつぶやく私。
電気の偉大さを、改めて痛感した夜でした。
ちまたの噂では、電気は1週間くらい無理だと広まっていました。いつ復旧するかわからない不安でいっぱいでした。
見通しのきかない将来を考えると眠れませんでした。
仕事の再開はいつだろうか。いつまでこの生活が続くのだろうか。
銀行も停電のためATMも使えず、手持ちのお金も数千円になっていました。
でも食料は買わなければならないし、いろいろなものが足りなくなってきているし・・・。
この先、どうやって生きていけばいいのか・・・たった2日で肉体的、精神的にぐったりでした。
携帯の充電もあと1本を残すのみ。
そんな中、電気が復旧してくれました。
みんなでワー!って拍手で大喜びしました。
電気がついただけで希望に満ち溢れました。思ったよりも早い復旧に救われました。
すぐに暖房を入れて温まり、そしてテレビを見ました。
そこには想像を絶するような光景が広がっていました。
信じられない大惨事が起っていたのですね。
私達の被害など、まったく足元にも及ばないような恐ろしい事態が起っていました。
ただただ呆然とテレビを見る私達。
涙が出てきました。
私達は海から少し離れた場所に住んでいるので被害はありませんでしたが、沿岸部は津波でやられたそうです。
民家も流され、お亡くなりになった方もいました。
うちの叔父さんも被害に遭いました。
津波から逃げて命は助かりましたが、車や貴重品は海に流されてしまったそうです。
でも命が助かって良かった。
みんなの安否を確認しようとしても電話がまったく使えず、誰とも連絡がとれなくなっていました。
やっとみんなと連絡がとれたのは地震が発生してから3日後でした。
便利な世の中なんだけど、災害が起きた時に一気に不便になってしまうのが歯痒いです。
震災から1週間ですが、被害の少なかった私のところでさえ今も混乱しています。
ガソリンが足りなくて、車で通勤している人は仕事に行けずに会社を休んでいるようです。会社からも休んでガソリンを入れるように命令が出ているそうです。
そのため連日スタンドには長蛇の列ができています。
夜中もずっと長蛇の列が出来ています。ますます寒くなってきているのにエンジンを止めて車の中で待機しています。
何時間も並んで、入れてもらえるガソリンは6リットルだそうです。
それでも仕事に車を使う人達は、次のスタンドを求めてまた長蛇の列にならんでいます。
なぜ6リットル?もう少し入れてあげることは出来ないのでしょうか?
完全に街はストップしています。
私の店も食材が入ってこないので、残り少ない在庫で商売をしています。
まったく品物が流通していないようです。やはりガソリン不足からトラックが荷物を運べないようです。
地震と津波で被害にあった工場も多く、生産がストップしているのも影響しています。
まだまだ先が見えない暗闇の中にいるようです。
いったい日本はどうなるんだろう。
これだけの大打撃を受けても耐えなければいけないのですか。
それでも前を見て歩いていかなくてはいけないのですね。。
避難所で生活をされている人達・・・この寒さの中大変だと思います。
私は家の中にいても寒くて大変でした。どうか物資が早く届きますように。
温かい場所で温かい食べ物を食べさせてあげたいです。
そして被害に遭われた方のご冥福をお祈り致します。